地域材利用の必要性
~「木の良さ」を数値で表す~
第二部 木材が人に与える影響 (後半)
□ 「心地よさ」を測る→人の生理状態の測定
□ 五感で感じる木の良さ→木の香り、木の手触り
□ 木の空間の影響
木材利用について国際的にも非常に追い風が吹いている時期ですが、木を使うことによって私たちの体にどのようなメリットがあるのかということを、後半でご紹介したいと思います。
データをいくつかご紹介する前に、前提となる測定法などをご紹介します。
脳波を測るのは被験者に負担をかけるので血流を測る方法を採用しています。
被験者さんのおでこにセンサーを貼っている画像、これは脳の血流を測るセンサーで、前頭葉といわれる部分の血流を測っているところです。私たちの脳は、活動をすると酸素を消費しますので酸素を運ぶためにたくさんの血液が送られてきます。その血流を測り、血流が増えていたら、その部分の脳が活動したことを指します。逆に、減っているとその部分の活動が鎮静化しているという解釈ができます。
左手にもう一つセンサーがついていますが、これは血圧と脈拍数を測るセンサーです。皆さんも、上腕を入れて血圧を測る装置で測定をされたことがあるかと思いますが、それを指で行います。上腕で測るタイプは一度しか測定できませんが、こちらは1秒ごとに連続して血圧や脈拍の変化を測ることができます。
少し専門的な測定ですが自律神経の測定です。脳には心臓に速く動けという指令とゆっくり動けという指令を同時に出しています。速く動けという指令は交感神経、ゆっくり動けというというのが副交感神経です。
心拍変動性解析についてご説明します、心臓がドキドキする間隔は規則正しいと感じているかもしれませんが、ミリ秒単位で見ると実は間が少し揺らいで長くなったり短くなったりしながら心拍していることがわかります。心電図計を使って心拍の間隔とそのゆらぎを解析すると、交感神経と副交感神経の活動がわかります。交感神経活動は、緊張したり活動したり、戦闘態勢に入る際などに活動が高まります。副交感神経活動は、リラックスしている時、眠い時などに高まってくる神経活動です。
まとめると、このような形になることが知られています。ストレスがかかると血圧と脈拍数が上昇し、交感神経の活動も高まり、副交感神経の活動が下がります。逆にリラックスすると、血圧と脈拍が下がり、交感神経活動も下がって副交感神経の活動が上がるという活動が典型的です。
ストレスが上がるとコルチゾールというホルモンも増えます。
10数年前から研究している森林浴からもこれらのことが分かります。2005年に千葉県の県民の森で12人の学生に森林で座観をして戴きました。同じように都会、千葉駅の前で行ってもらうと唾液からストレスを出すコルチゾールホルモンが増えてました。
植物の抽出成分は果実酒などに含まれていますが、植物は抽出成分を私達に喜んで貰おうとして作っているのではなく、昆虫を追い払ったり逆に引きつけたり、食べられたりするのを防ごうというなにか抗菌効果の為につくっています。珍しいところでは横にいる植物の生長を阻害したり促進したりする働きがあることで知られています。
ここでご紹介するのは、五感で得られる木材の要素を一つずつ取り出して実験室で実験した結果からです。こうしたことを踏まえた上で、木材の抽出成分を使ったいくつかデータもご紹介します。
これは、木材の香りに対する生理的な反応です。木材の抽出成分というより木材そのもののスギのチップが入った銀色のタンクから、スギの香りが被験者の周囲で漂います。上が、14名の方の血圧変化の平均値,下が脳の活動で、横軸が時間。90秒間香りをかいでいただく実験です。
香りをかぎ始めると血圧がスーっと下がり、脳の血流も下がってきます。スギの香りによって体が鎮静化し、脳の活動も鎮静化したことがわかるデータです。スギやヒノキ、松などの針葉樹に多く含まれる、香りがする化学成分「α-ピネン」という物質をかぐと、14人の方の平均値ですけど、真ん中の赤い線で血圧が低下していることがわかります。もう一つ、「リモネン」という、木や柑橘系のフルーツの皮などに含まれているレモンのような香りをかいでも血圧が下がりはじめて、木から成分を取り出しても体をリラックスさせる効果があることがわかりました。α-ピネンやリモネンはとても興味深く私もずっと研究しています。
これは、パソコンの作業をしてもらいながら香りをかぐとどうなるかという実験です。被験者に10分間安静にしてもらって20分間パソコンのストレスがかかる課題をしてもらい、その間、香りのある場合とない場合で比較をしています。画面上に9つ、時計のメーターのようなものが出てきて、その針がそれぞれバラバラに動きます。針が5分から15分の間のところに入ったら、1番から9番までつけられたメーターの番号を押すという課題です。9つがバラバラに動き、間違えると音が鳴るなどとてもストレスがかかる課題で、これを20分間やっていただいています。15名の方の平均値では、白が香りのない場合、赤がα-ピネンをかいだ場合、緑がリモネンをかいだ場合のデータです。10分から30分のところまでの20分間、PC作業をしてもらっています。
非常にストレスのかかる状態で作業をしていただいていますので、始めると心拍数がポンと上がりますが、香りをかぎながら作業をすると心拍数の上昇が抑えられたという結果が出ています。木の香り成分に、作業時のストレスを緩和する効果があるのではないかと解釈することができます。
大人だけで無く生まれたばかりの赤ちゃんに木の香りをかいでもらうとどうなるかという実験です。その結果をご紹介します。
α-ピネンとリモネンと香りがない場合を見ています。安静を2分間、香りを2分間かいで、また安静を2分間とるという実験をしたところ、赤ちゃんも木の香りをかぐと心拍が下がってリラックスするというデータです。再現性もあり、何度行っても同じ傾向が出るため、α-ピネンにはそういう作用があるのではないかと思っています。
マウスにがん細胞のような悪性腫瘍を植えて、その成長をみるという研究もされています。一匹のマウスは何も香りがない場所で過ごし、もう片方のマウスはα-ピネンの香りがする環境で過ごし、7日、10日、14日、17日後に腫瘍のサイズを図っていったデータです。香りがない場合はがん細胞が成長していきますが、α-ピネンの香りがあるゲージで飼われていたマウスは約40%成長が抑えられました。
人間とマウスでは直接は結び付けられませんが、もしかすると木を使った家に住んでいると同じ事が起こることが将来証明されるかもしれません。
人間で調べた日本医科大の先生の実験です。働きざかりの37から60歳の男性を都内のホテルに止まって貰って三晩ヒノキ材油を嗅いでもらって血液や尿を採ってストレス時に分泌されるノルアドレナリンを測りました。NK活性が有意に上昇しています。
ストレスが下がって免疫活動を活性化させることが免疫力を上げると解釈されます。先ほどのマウスの場合も、免疫力が上がって悪性腫瘍の成長を抑えたと考えることもできるかもしれません。
実際にリモネンとαーピネンをお持ちしましたので香りを嗅いで見て下さい。免疫力が上がるのでは無いかと思います。
今度はさわり心地のお話です。こんな実験をしています。針葉樹・広葉樹の塗装がないもの、塗装をしたもの、そしてプラスチック、金属。それぞれに触ってもらうとどういう反応が起きるかという実験です。
針葉樹・広葉樹の塗装のないもの、この2つは触ると「木だな」ということがわかります。それに対して、針葉樹・広葉樹に厚いポリウレタン塗装を施したものは、プラスチックのような感触です。被験者に目をつぶってもらい、材料は下から機械で上がってきて手に触れますので、ご本人たちは何を触っているかわかりません。
血圧の変化を見ると、どの材料も触った瞬間は血圧が上がりますが、針葉樹の無塗装の物は暖かみがあったせいか広葉樹の無塗装の物より速やかにもとの値に戻っていきます。針葉樹の厚い塗装や金属ではなかなか血圧が下がらずにドキドキした状態がずっと続くというデータです。したがって、適材適所で、木の手触りをいかした使い方が大切ではないかと解釈しています。
最近木育と言われて、子供のデーターが求められているので、ゴルフボール、プラスチックボール、木製ボールでボールプールを作って18人の小学生に入って寝て貰いました。
木製のボールプールに入って貰うと副交感神経活動が上がり、交感神経活動が下がります。
今まで、見た目、香り、手触りなどを取り出してきて実験室で行った実験をご紹介しましたが、最後に、木質に囲まれた空間がどういう影響を与えるかというデータをお示しします。
大学生に来て貰って、同じ大きさの隣り合わせ部屋が2つ、その内装を、一つは白いクロス張り、もう一つは床と天井をヒノキ、漆喰壁に壁はスギの腰板を貼りました。ここに被験者に来ていただき実験しています。
目をつぶって部屋に入り、目を開けてから3分間そこにいてもらいます。クロス張りの部屋では脈拍数がポンとあがります。木質の部屋では、脈拍数が上がりませんでした。クロス張りの部屋では体が多少ストレス状態になっていたのに対して、木の部屋ではそれがなかったという結果です。また副交感神経の活動ですが、木質の部屋でクロス張りの部屋に対して有意に高かったことがわかりました。したがって、木をふんだんに使った部屋では体がストレス状態にならずリラックス状態になる効果があると考えられます。
それぞれの部屋で室内空気を図ってみると、クロス張りの部屋は実験用に特殊な施工をしておりたくさん接着剤を使っているせいか、TVOC(総揮発性有機化合物)はクロス張りの部屋で多く、α-ピネンやβ-ピネン、リモネンといった木の香り成分は木質の部屋のほうが多かったという結果が出ています。木の香り成分や見た目の色の柔らかさなどが副交感神経の活動に関連しているのではないかと見ています。
最後に、学校の木造校舎の非常に有名なデータをご紹介します。先生たちの蓄積的な疲労を、木造校舎とRCの校舎で調べた実験の結果です。気力の減退や不安な気持ち、抑うつ状態、イライラというものがRCの校舎で有意に高く、木造では負の感情を抱くことが低かった、先生たちの疲労が少なかったという結果が出ています。
もうひとつ、左の上のグラフは小学生の授業中の注意力を調べたものです。下は、授業中の眠気とだるさを聞いたものです。RCの校舎では集中することが困難なうえに眠くてだるいという答えが多く、学年を経るごとに多くなっていく傾向がありましたが、木造校舎ではそういう答えが少なかったことと、学年が進んでも増えてこなかった結果が見出されています。インフルエンザによる学級閉鎖の率も、木造校舎と内装を木質化した校舎で少なかったということです。
これは1990年から1993年頃に行われた実験で、当時はどうしてこのような結果が出るのかわからなかったのですが、最近になって、こういうこともあるのかなということがわかってきたという例をご紹介します。
九州のある中学校で、教室の机をスギで作った机に替えた教室、よくある金属製の新しい机を入れた場合、古い金属製の机を使った教室の3クラスを作り、そこの生徒さんたちの唾液をとって免疫力を調べたというものです。
ご覧のとおり、スギの机を入れた教室では免疫力がずっと高く推移し、古い金属机を使っている教室、新しい金属机を使っている教室との差があったということです。休む学生も少なかったそうです。それぞれの教室で香り物質をとってみると、スギの机の教室でα-ピネンなど香り物質であるテルペン類が多く、香り成分がこれだけの効果をもたらしたのではないかと考えられています。
国産材利用の重要性が国際的にも高まったということで、今後は森林と木材をつなげた一体の対策をうっていく必要があると考えています。
後半は、木材に囲まれた空間が人をリラックスさせたり、免疫を向上させることをご紹介しました。今までご紹介したデータは全体の一部だけを調査している段階で、今後、まだ取り組むべき課題が多くあると考えています。子どものデータも必要ですし、女性のデータ、高齢者のデータも必要です。
木を使うことで、地球にもいい影響があり、人間にもいい影響があるという話をさせていただきましたが、これは決して偶然のことではなく、人間も自然の一部であるからこそだと感じています。
木をたくさん使うと地球も健康になるし人も健康になるという話をさせて戴きました。どうもありがとうございました。